先生方はいつも、自分では気づいていない、生徒の中にあるものを、引き出してくれていたような気がします

先生方はいつも、自分では気づいていない、生徒の中にあるものを、引き出してくれていたような気がします

第19期卒業生 杉村朋さん 前編

杉村朋香さん
杉村朋香さんは現在、シュタイナー幼児教育を取り入れた嶺町幼稚園で教諭として働いています。ご自身も幼稚園から高校までシュタイナー教育を受けて育った朋香さん。思春期の頃には反発する気持ちもあったそうですが、今は教える側として、深くシュタイナー教育に関わっています。今の道を選ぶまでの思いやシュタイナー学園で過ごした時間について、話を伺いました。
 

シュタイナー教育との出会いを教えてください

わたしが7ヶ月の時に父の仕事の都合でアメリカへ行き、そこで見つけたシュタイナー幼稚園の親子クラスに姉とともに通い始めました。その後5歳を目前に帰国し、2つ年上の姉は三鷹にあった当時まだNPO法人だった学園の前身『東京シュタイナーシューレ』に通いだしました。わたしも三鷹にあったシュタイナー幼稚園『なのはな園』に通い、1年生になるタイミングで学園が法人化され藤野に移転したので、わたしたち家族も学園に通える高尾に引っ越し、学園に入学しました。

学園に通いだした頃の思い出はありますか?

クラスは23人くらいで、仲のよいクラスでした。シュタイナー学園では1年生一人ひとりに6年生が『お世話係』としてついてくれます。1学期の間は玄関で6年生が待っていて、教室まで連れていってくれたり、あやとりや折り紙を教えてくれました。マンツーマンで支えてもらえたことで、安心して学校生活を始められました。大好きな憧れの存在だったので、自分が6年生になった時には同じように助けてあげたい、安心して過ごせるようにしてあげたいと思いました。深く関わり成長を見守った特別な存在なので、彼らの卒業式も(今年度の12年生はわたしたち19期生がお世話係でした)できることなら見届けたい、という気持ちがあります。

好きだった学びはありますか?

コーラスや笛、オイリュトミー(※シュタイナー学校の芸術教科で、言葉や音楽を身体を通して表現する運動芸術)、手の仕事が好きでした。クラスメイトたちは、とにかく外で走り回って遊ぶのが大好き!という子もたくさんいましたが、わたしはどちらかというとゆっくり過ごすのが好きなタイプで、手の仕事で習った編み方で家でもブランケットを作ったりしていました。有志で『コーラス部』も立ち上げました。

一方6年生くらいからはシュタイナー教育への反発も感じたと聞きました

6~8年生くらいで触れられない外の世界を知りたいという気持ちがわきました。でも先生や家族に強く反抗するということはあまりなく、ひとりモヤモヤしていた感じです。数学と英語に苦手意識が芽生え、学びに消極的になってしまって、学校を楽しめない時期でもありました。それでも8年生最後の8年劇は、クラスとしても思春期の反発もありながら、みんなで劇に向かっていった思い出があります。『緑の蛇と百合姫』というメルヘンの世界観が強いお話の劇だったのですが、劇を終え、8年の卒業文集では担任の先生から『みんなと外の世界を繋ぐ架け橋になることが担任の役割だと思い、この世界の美しさをみんなに伝えたいと思ってきました』というようなメッセージをもらいました。反抗心は持ちつつも、自分たちが大切に守られているという温かさはずっと感じていたので、学園の高等部に進むこと自体に迷いはありませんでした。

高等部に進む前に印象的な出来事があったそうですね

高等部に進む生徒は先生と進学面談をします。高等部で何をしたいか?というような話の後に、先生に『ある国では亡くなった後、墓石にその人の生き様が刻まれるそうです。あなただったらどんな言葉を刻まれたいですか?』と聞かれました。そんなことは考えたこともなかったので、必死に考え『自分の人生を楽しんだもの勝ちだと思うから、楽しめたな、と思えたらいい』と答えました。面談後に学校から駅まで山道を歩きながら『わたし今、全然学校生活を楽しもうとしていないな』と思ったんです。もっと前向きに楽しんでみよう、と気持ちが切り替わった瞬間でした。そして、そんな気持ちを持って始めた高等部での学校生活は、ほんとうに楽しい時間となりました。

高等部での生活はとても楽しかったそうですね

高等部からは校舎の場所もかわり、上の学年との交流も生まれ…と変化もあったのですが、とにかく目の前のことに前向きに取り組んでみよう、という気持ちを持って過ごしました。そうしたら苦手意識を持っていた教科も面白く感じるようになり、先生方ともより深く関わるようになりました。高等部では専門的な分野を持った先生方が多いので、このことだったら〇〇先生に相談しよう、これは〇〇先生に聞いてみよう、というように、いろんな先生と関わることができる。授業でも先生の『余談』から興味が広がっていくことがたくさんありました。高校時代はとにかく学校が大好きで、朝早くから登校し、放課後もずっとクラスメイトと教室でおしゃべりしていましたね。

とくに印象に残っている授業はありますか?

強く印象に残っているのが、みんなで曼荼羅を描く、という社会科の最後の授業でした。黒い画用紙にパステルを使って、思い思いに曼荼羅を描き、描いた曼荼羅を最後にみんなで鑑賞しました。描く時間も神聖さを感じる時間だったのですが、みんなが描いた曼荼羅を見る時間も特別なものでした。わたしたちがまだ自覚できていないさまざまなことも、その曼荼羅に現れているように感じました。先生方はいつも、自分では気づいていない、生徒の中にあるものを、引き出してくれていたような気がします。


シュタイナー教育の中で自分と向き合い、思春期の悩みや葛藤を越え、楽しい高校時代を過ごした朋香さん。後編では高等部を卒業して幼児教育に携わるようになるまでのお話を伺います。


ライター:中村暁野