中等部に進んでからは、より自分が何を学びたいか、何が好きなのかと考えながら主体的に学んでいくことができたように思います。

中等部に進んでからは、より自分が何を学びたいか、何が好きなのかと考えながら主体的に学んでいくことができたように思います。

第10期卒業生 川上純さん 前編

川上純さん
シュタイナー学園第10期生の川上純さん。学園在学中から「人の助けになることがしたい」という夢を持つようになり、卒業後はイギリスのキャンプヒル(※障がいを持つ人達と共に暮らす共同体)でボランティアをした後に帰国し、早稲田大学、東京大学大学院で国際紛争問題について学ぶ道を選ばれました。さまざまな国に起こる紛争や不平等について考え続けている川上さんに、シュタイナー教育に出会ったきっかけや、子ども時代について振り返っていただきました。
 

シュタイナー教育に出会ったきっかけはなんだったのでしょうか?

母親に連れられ、三鷹にあったシュタイナー幼稚園『なのはな園』の土曜クラスに行ったのが出会いです。当時、一般的な私立の幼稚園に通っていたのですが、講演会でシュタイナー教育を知った母親が興味を持ち、土曜日だけ通えるクラスに通ってみることになったのです。土曜クラスではオイリュトミーをしたりしていました。きれいな色のドレスをきてオイリュトミーを踊るのが楽しかった記憶があります。小学校に就学するタイミングで、それまで住んでいた町から三鷹に引っ越し、シュタイナー学園の前身である東京シュタイナーシューレに通うことになりました。当時クラスメイトは13人ほどでした。

それまでの幼稚園生活からシュタイナー学校に入り、ギャップはありましたか?

幼かったので何の違和感もなく、むしろ『学校ってこういうところなんだ』という感じ方でした。1年生から英語と第二外国語のドイツ語を学んでいたのですが※歌ったり踊ったり劇をしながら外国語を学べることが楽しく、好きでした。
※現在のシュタイナー学園では第二外国語で中国語を学んでいます

低学年の頃でほかに印象に残っている学びはありますか?

3年生の時に取り組んだお米作りです。当時は学校の近くで田んぼができず、埼玉県和光市まで通いながら米作りに取り組みました。田んぼにはおたまじゃくしや虫や、いろんな生き物がいて、田んぼをしながらそんな生き物たちにも触れられる新鮮な時間でした。収穫までを昔ながらの手作業で行い大変でしたが、できあがったお米を当時の学園祭のバザーで販売したことまでよく覚えています。

川上さんはできたばかりの頃の中等部に進学されたと聞きました

はい。わたしが入った時は小学校までしかなかったのですが、1学年上の代で中等部ができました。小学校高学年頃には、他の学校と自分の環境が随分ちがうということはわかっていました。例えば一般の学校で教わっているような『理科』や『社会』という教科がないことや※テストを受けたことがないことに漠然とした不安を感じることもありましたが、学校での学び自体はずっと楽しんでいたと思います。とくに5年生の頃に出会った英語の先生の授業に夢中になり、放課後も教えていただいたり、興味のある部分をどんどん伸ばしてもらいました。シュタイナー学校の中等部に進んでからは、より自分が何を学びたいか、何が好きなのかと考えながら主体的に学んでいくことができたように思います。中等部に入ってからは英検や漢検を自分で受け『テストってこうなってるんだ、覚えればできるんだ』と安心もしました(笑)。
※理科や社会で学ぶことは『動物学』『植物学』『郷土学』などといったシュタイナー学校独自のカリキュラムで学んでいきます

高等部にあがるタイミングで学園が藤野に移転し学校法人化されたのですよね

はい。当時高等部は学校法人化されていませんでした。今の名倉校舎は学校法人の初中等部が使い、高等部はNPO法人の駅近くにあるビルの2階の1室を改装して、校舎として使いだしたんです。高等部の2年生の頃には名倉校舎の隣にドーム型の家を建て、そこが高等部の校舎になったのですが、このドーム型校舎も自分たちで作り上げたものです。高校生活の間にツナギをきて毎日トンカチをにぎったり、組んだ足場に登ったりしていたことは面白い経験でした(笑)。

今では吉野に学校法人化された高等部の専用校舎があり、ドーム型校舎は附属保育園の園舎として使われています

わたしたちが作ったあの校舎が今も使われているのは嬉しいです。できたばかりの高等部に進む人は少なく、7名ほどのクラスだったのですが、その分学びに打ち込むことができる環境だったとも思います。変わらず英語が好きでしたが、他にも美術の油絵や彫金の授業が好きでした。

農業実習や航海実習、福祉実習などたくさんの実習があるのもシュタイナー学園の高等部ならではの魅力ですが、当時も実習はあったのでしょうか?

『〇〇実習』という名称ではなかったですが、福祉施設の手伝いに長期間行くなど、今の高等部の実習の原型のような学びがありました。自分でテーマを決めて研究に取り組むような機会も何度かありました。12年生の課題のひとつである卒業プロジェクトも当時からあり、わたしはアフガニスタンの民族衣装の研究発表をしました。高等部に上がった頃から紛争問題や海外の人道問題について関心を持っていたんです。何度か自由研究のテーマとしてもそれらに取り組んでいたのですが、アフガニスタンの紛争を調べる中で興味を持った民族衣装を卒プロのテーマに選びました。人を助けること、そして国際的な活動、というのが自分のやりたい2つのテーマだと思い、将来はその2つに取り組める道に進みたい、という思いも持つようになっていました。

自分の好きなこと、興味のあることを子どもの頃からしっかりと自覚し、学ぶことを楽しみ、深めていったシュタイナー学園での学校生活を経て、将来の夢を描き始めた川上さん。後編では、自分のテーマを見つけた川上さんが夢に向かってどのように進んでいったのか伺いたいと思います。


ライター:中村暁野