地域と学校と親という三位一体で子どもたちを見守り育てる、そんな環境に身を置く素晴らしさを感じています。

地域と学校と親という三位一体で子どもたちを見守り育てる、そんな環境に身を置く素晴らしさを感じています。

榎本英剛さん 後編

榎本英剛さん

シュタイナー学園校舎からほど近い、名倉と呼ばれる地域にある見晴らしのよい、ひらけた一帯。その一角に、榎本英剛さんは妻の真穂さんと9年生になる娘さんと暮らしています。榎本さんは日本に初めてコーチングの手法を紹介し、またトランジション・タウンという市民運動を立ち上げた方としても知られています。人が「よく生きる」ためのサポートをしたい、という榎本さん。前編ではお子さんの教育としてシュタイナー学園を選ばれた理由や、コーチングを行う中で生まれた問いに対する答えを探しに、スコットランドにあるフィンドホーンというエコビレッジで暮らすことになるまでのお話をお聞きしました。後編ではフィンドホーンでの暮らしを経て、藤野でトランジション・タウンの活動を立ち上げるまで、そしてシュタイナー学園との関わりについてお聞きします。


コーチングの仕事を通して、人が自らの可能性を発揮していく姿を見ているうちに、今の社会は人の可能性を引き出すような仕組みになっていないのではないかという問題意識を持たれたそうですが、どういう部分でそう思われたのでしょうか?

政治、経済、教育などおよそ今の社会を形作っている仕組みのほとんどは少数の与える側と大多数の与えられる側に分かれてしまっていますが、そうした仕組みは与えられる側に無力感や依存心を生み出します。人の可能性を引き出すという観点から見ると、これは理想的な状態ではありません。一方、フィンドホーンで暮らす人たちを見ていると、食べ物やエネルギーなど人が生きていく上で欠かせないものを自分たちの手で作っているからか、『生きる力』のようなものを感じました。では、どうやって社会の仕組みに明け渡してしまった力を自分たちの手に取り戻すことができるだろうかと考えている時に出会ったのが『チェンジ・ザ・ドリーム 1』と『トランジション・タウン 2』という持続可能な未来を創るための2つの市民運動でした。これらを日本でやろう!と思って20085月に帰国し、トランジション・タウンを立ち上げる準備を藤野で始めました。

どうして藤野だったのでしょうか?

20年ほど前に、当時は都内の研修施設で開催していた『天職創造セミナー』のある参加者から、こういうセミナーは自然の中で泊りがけでやったほうがいい、と藤野にある『無形の家』という施設を紹介されたことがきっかけでした。その後、フィンドホーンに行く前に、藤野にあるパーマカルチャーセンターへパーマカルチャー 3の勉強をしに通っていたこともあります。トランジション・タウンはもともとパーマカルチャーの考え方を土台にしてできたものであり、パーマカルチャーを通して知り合った人たちも何人か住んでいました。そうしたら、それまで三鷹にあったシュタイナー学園が藤野に移転するという噂を聞いて。もうこれは藤野に呼ばれているとしか思えないというか、藤野以外は考えられませんでしたね。

帰国して何から始められたのですか?

まずは藤野の中でも影響力のある人たちを紹介してもらって、自己紹介がてらトランジション・タウンの説明をしに行きました。新しく引っ越してきた人間がなんだかよくわからない横文字の活動を始めようとしている、と煙たがられるかと思ったのですが、藤野の人たちはそれを面白がって、逆に背中を押してくれたんですよね。それに勇気をもらって、人が集まるところに出かけて行ってはトランジション・タウンの説明会をやらせてもらったりしました。そんな期間が半年ほど続き、40人くらいが集まったあるイベントで「いよいよトランジション藤野を立ち上げようと思うのだけど、企画・運営に携わりたい人はいますか?」と聞くと、半分くらいの人が手を挙げてくれたんです。その人たちと隔週に1回のペースで話し合う中で、『地域通貨よろづ屋』や『藤野電力』といったアイデアが次々と形になっていき、今につながっています。

日本で初めてのトランジションタウンは藤野からはじまりました。

娘さんはシュタイナー幼稚園からシュタイナー学園に進学されたのですよね。

フィンドホーンでの乳幼児向けのクラスから、藤野のシュタイナー子ども園、そしてシュタイナー学園と進学しているので、娘はシュタイナー教育しか知りません。自分自身は都会育ちだったので、自然の中で身体をいっぱい使って遊んだり学んだり、地域と学校と親という三位一体で子どもたちを見守り育てる、そんな環境に身を置く素晴らしさを感じています。娘は今9年生ですが、学校生活の中では乗り越えなくてはいけない出来事も当然起こります。そんな一つひとつを子どもたちは自分たちなりに乗り越えてきたんだな、ということを、昨年2月に行われた8年生劇を見て感じました。たとえ何かが起こった時も『学校が悪い』とか『先生が悪い』と批判するのではなく、みんなで関わっていく。お母さんたちはもちろん、お父さんたちも『親父の会』を結成して低学年の頃から親子キャンプをしたり、飲み会を開催したり。子ども同士だけではなく、親同士も8年という年月をかけて徐々にお互いを理解し合える関係を築いてきたと思うのです。

今後、榎本さんはどういった活動をされていくのでしょうか?

ここ数年は中国や韓国など、東アジアでの活動に力をいれています。人が『よく生きる』ことを願う気持ちは国籍を問いません。そういう願いを持つ人たちが国を超えて繋がり協力し合う、そんなコミュニティを争いの絶えない東アジアからまずは築いていきたい。お互いのことを知らないことが恐れに繋がると思うので、共通の願い、共通のビジョンにもとづいて一緒に活動できる、そんな場をつくっていきたいと思っています。

 

藤野という地域やシュタイナー教育と根っこの部分で深く繋がり合いながら、築かれてきた榎本さんの活動。とても難しい問題が積み重なった今の社会の中で、今後ますます必要とされ、ひろがっていくことでしょう。
榎本さん、ありがとうございました。

 

※1 2005年にアメリカの非営利団体パチャママ・アライアンスが開発したプログラムの名前であると同時に、そのプログラムを中核に据えた市民運動の総称でもある。「地球上のすべての人が、環境的に持続可能で、社会的に公正で、精神的に充実した生き方を実現する」ことを目的としている。

※2 2006年にロブ・ホプキンスによってイギリス南部にあるトットネスという町から始まった市民運動。「トランジション」とは「移行」を意味し、石油を始めとした化石燃料に過度に依存した暮らしから、もともとその地域にある資源を活かした持続可能な暮らしへの移行を、市民が自発的に自らの創意工夫によって実現していくことを目指している。

3  オーストラリア人のビル・モリソンとデビッド・ホルムグレンによって構築された、人間にとって恒久的で持続可能な環境をつくり出すためのデザイン体系。パーマカルチャーという言葉は、パーマネント(permanent 永久の)とアグリカルチャー(agriculture 農業)をつづめたものであるが、同時にパーマネントとカルチャー(文化)の縮約形でもある。


ライター:中村暁野