全力で楽しみながら学校生活を送る学園の子どもたちを見て、ほんとうに何て幸せな子どもたちだろう!と親の私も日々感じています。

全力で楽しみながら学校生活を送る学園の子どもたちを見て、ほんとうに何て幸せな子どもたちだろう!と親の私も日々感じています。

山田一郎・薫さん夫妻インタビュー後編

山田一郎・薫さん夫妻
シュタイナー学園から山道を下った先にある芝田と呼ばれる地域に暮らす、山田一郎さん・薫さんご夫妻。山田さん一家は昨年ドイツから帰国し、藤野に移り住みました。ドイツのシュタイナー学校に通っていた3人のお子さんたちは現在、それぞれ11年生、7年生、3年生としてシュタイナー学園に通っています。「ドイツにいても日本にいても同じことをしている」と話す山田さんご夫妻に、日本、そしてドイツのシュタイナー教育について、子育てで大事にしていることについて伺いました。


急転換で決められたドイツへの引越しでしたが、お子さんたちがおいくつの時だったのでしょうか?

一郎さん 長男が小学校6年生、次男が2年生、長女が年中の時でした。わたしたちが暮らしたのはミュンヘンの南、ローゼンハイムという日本人はあまりいないような田舎の町です。ドイツにはいくつものシュタイナー学校があるので、会社に通える範囲の中にある学校を見てまわったのですが、ローゼンハイムのシュタイナー学校からは、雪をかぶったアルプス山脈が見えました。山があって、湖があって、川があって、まるで藤野みたいなんです。そんな環境の中で一学年一クラスと生徒数が多すぎず、同じ敷地内にシュタイナー幼稚園もあることも決め手となりました。
薫さん 家族の誰もドイツ語がしゃべれない状態でドイツに行って、子どもたちは学校に通うんだから、兄妹3人同じ敷地で顔が見られたら少しは安心できるかな、と思いました。

お子さんたちは新しい環境になじめましたか?

一郎さん 言葉はまったくしゃべれなくてもなじむのは早かった。次男は休み時間になるとすぐ追いかけっこして遊んでいました。まぶたを手でひっくり返して追いかけるという技(?)を編み出して人気者になって。長男はボールゲームでコミュニケーションをとっていたかな。
薫さん 小さな頃からずっと友だちとたくさん遊んできて、『友だちと遊ぶのは楽しい』というのが彼らの身体に染み込んでいるかのように、言葉がなくても遊んでいましたね(笑)。大変だったのは長女かな。日本の友だちとではできていたおままごとがドイツ語では出来ないし、自分の思いを伝えられないし、という状態だったので、言葉はわからないところがあっても先生やお友だちとの信頼関係が築かれたと感じるまで、半年間はわたしが付き添って幼稚園に通っていました。ドイツのシュタイナー幼稚園の様子をずっと見ていられるのはとても楽しかった。長男も、第二外国語であるフランス語をまったくわからないドイツ語で学ぶ、というようなことをしなくてはならなかったり、親よりも友だちと話したい思春期の時期に言葉がままならなくて、大変なことはあったと思います。それでも子どもたちは一度も嫌がることなく、通っていました。それは小さい頃から土曜クラスで触れてきたシュタイナー教育の学校だったからというのも関係しているのかもしれません。

ドイツでの暮らしは期間が決まっていたのでしょうか?

一郎さん 会社との契約では3年で、延長を希望しましたが通りませんでした。
薫さん 子どもたちにもわたし自身にも素晴らしい友だちがたくさんできて、永住を望むようになりました。夫だけ帰国して、わたしは何か事業を立ち上げ、ビザを取得できないか…?と模索もしてみたのですが、ドイツで親友ができて、一番ドイツで暮らすことを望んでいた次男が『家族は一緒にいなきゃだめだと思う』と真剣に言うのを聞いて、もうこれは覚悟を決めて帰国しよう、となりました。なので3年で日本に帰ってきました。

帰国後、なぜ藤野のシュタイナー学園に転入を決めたのでしょうか?

薫さん 日本に帰るとしたら、シュタイナーの学校に通うというのがまずあって、自然の中に暮らしたくて、長男は高校生になる年だったので高等部まであって…というのが全部叶うのが、藤野のシュタイナー学園だったんです。
一郎さん 東京の会社に通える、というのも条件だったんですが、調べてみたらギリギリ通えそうだということもわかって、ここしかない、と。

藤野での暮らしはどうでしょうか?

一郎さん 先日ドイツでよく遊んでいた友人が藤野の私たちの家を訪ねてきて、『山に登って川や湖で遊んで…ドイツでも日本でもあなたたちは同じことしているんだね!』と驚かれたんです。ほんとうにどこにいても自分たち家族の暮らしは変わっていないんだな、と改めて気づきました。

ドイツと日本ではシュタイナー学校に何かちがいはありますか?

一郎さん 大きな家族のような安心感は同じだなと思います。一方、親たちの学校への関わり方やその仕組みは違いますし、個人主義文化だからなのか、そもそも学校と親生徒との関係性が違ったような気がします。
薫さん 公立の学校に通っている従兄弟が、宿題で『日本の学校と外国の学校のちがいはありますか?』というアンケートを次男に聞きに来たんです。そうしたら次男は『おんなじだよ』と答えていて、笑ってしまいました。次男は2年生からドイツのシュタイナー学校に通って、6年生で日本のシュタイナー学園に転入しているので、学校といったらシュタイナーしか記憶にないのです。だからドイツと日本の学校にはちがいはない、となるのだと思います。日本の公立小学校の記憶がしっかりある長男は、シュタイナー学園の高等部に通う今がすごく楽しいようで、『なんで小学校からこの学校にいれなかったんだ』と、今になって詰問されています。しかも『入学の時と、学校に行けなくて転校した時、チャンスを2回も逃している』とまで(笑)。全力で楽しみながら学校生活を送る学園の子どもたちを見て、ほんとうに何て幸せな子どもたちだろう!と親の私も日々感じています。

子どものやりたいことをやらせる、やりたいことを見守る、そんな時に難しいこと、つまり『子どもを信じること』がなぜ出来たのですか?と聞いた時の、「輝いている姿を知っていたから」という言葉がとても印象に残った山田さんご夫妻のお話でした。子どもの輝いている姿を見たら、確かに希望しか湧かないよなあ、不安なんて湧かないよなあ、なんてことを思いました。子どもが子ども時代を全うすること、それも山田さんご夫妻の言葉でいう「黄金の子ども時代」を全うすることがなんだかとても難しいことに感じる今の社会の中で、生き生きと駆け回るシュタイナー学園の子どもたちのこの先が、改めてとても楽しみに思えたのでした。


ライター:中村暁野