吉祥寺から藤野の学園に通っていました

吉祥寺から藤野の学園に通っていました

14期卒業生 大坪メイさん(前編)

大坪メイさん
現在25歳のメイさんはデザイン事務所KIGIでグラフィックデザイナーとして活躍されています。小さい頃からもの作りが好きだったというメイさん。シュタイナー学園での学び、そしてそこで育まれていった感性や感覚についてお話を伺いました。

メイさんのシュタイナー教育との出会いについて教えてください。

三鷹にあるなのはな園に通い始めたのがきっかけです。兄もシュタイナー教育を受けていたので、気がついた時には自分もシュタイナー教育に触れていました。なのはな園で幼稚園時代を過ごし、そのまま当時三鷹にあった東京シュタイナーシューレに通い始め、5年生までを過ごしました。6年生の時に学園の移転があり合わせて引っ越しをする家庭も多かったのですが、わたしたち家族は引っ越しはしませんでした。6年生からは住んでいた吉祥寺から藤野の学園に通っていました。

学園の環境の変化や長時間の通学に戸惑いはありましたか?

大きな変化があったと思うのですが、そんなに衝撃を受けたりはしませんでした。山の中に移っても学園に流れている空気は変わらなかったですし。長時間の通学も友達と一緒に通い、おしゃべりしたり本を読んだりしていたのでまったく苦にならなかったんです。本は毎週末図書館に通って借りれるだけ借りるくらい、大好きでした。

学園でどのような子ども時代を過ごされていたんでしょうか?

とにかく学校は楽しい場所でした。低学年の頃はやんちゃで些細なことで毎日のように喧嘩している子どもでした(笑) わたしのクラスは26人ほど。小さくて密なコミュニティでまるで兄弟喧嘩をしているようでしたね。担任の木村先生はクラスみんなのお父さんのような存在で、わたしたちが喧嘩をしていると『落ち着いてね~』と抱きかかえられたのを覚えています。

 

何かを作り出すことはわたしにとって『好き』を越えた、日常のごくごく当たり前のことになっていたように思います

 

印象に残っている学びはありますか?

作ること全般が小さい頃から大好きだったので、絵を描くこと、文章を書くこと、先生が黒板に描く黒板絵を写して授業のノートを作っていくことも楽しくて、何か一つが印象に残っているというよりも学園で習うこと触れることが面白かった。手の仕事で編み物を習うと家でもずっと編み物をしていました。藤野の校舎に移ってからは工芸でお皿を作ったり、4年生では家作りもしました。何かを作り出すことはわたしにとって『好き』を越えた、日常のごくごく当たり前のことになっていたように思います。シュタイナー教育では一区切りとなる8年生で劇の発表があります。わたしたちは「1776」というミュージカルに取り組みました。大勢の人の前での発表は、恥ずかしさもあったのですが、その衣装も全部自分たちで作ったり、みんなで合唱したり、やっぱり楽しかったですね。

学園生活を謳歌しているように聞こえるメイさんですが、9年生を終えると高等部は外部の学校に進学されます。理由はなんだったのでしょう?

なんとなくずっと、高等部は行かないかな?と思っていました。当時まだ学校法人化されていなかったという理由もありますが、学園と家の往復で外の世界を知らなかったので違う世界を知りたい気持ちも芽生えていたのかもしれません。自分の意思で授業を選択できるところ、制服がないところ、という学校を探して私立の和光高校へ進学しました。

高校生活では何を感じたのでしょう?

40人1クラスで6クラスある学校だったので、いろいろな人がいました。そのいろいろな人がいるんだな、ということがわかったことはとてもよかったです。新しい世界を知って、自分自身がとても成長した時期かもしれません。生徒会に入って文化祭の担当をしたりもしていました。基本、わたし学校が大好きな子で、高校も『大好き』で毎日とても楽しんでいました。と同時に高校時代にデザイナーになりたいという思いを漠然と抱き、大学でデザインを学びたいと思っていました。

 

やりたいことを考えた時に、ずっと作る以外の選択肢は浮かばないくらいでした

 

作ることは継続して好きでいらっしゃったんですね。

やりたいことを考えた時に、ずっと作る以外の選択肢は浮かばないくらいでした。中学生くらいからは特に紙ものに興味が湧いていて、好きなチラシやカタログなんかを集めていたんです。そんなわたしを見て両親が『そういうものを作る人をグラフィックデザイナーっていうんだよ』と教えてくれたので、デザイナーに興味を持ちました。

淡々と、でもブレることなく『好き』に邁進し学生時代を過ごされたメイさん。その後、思い描いた通りに東京造形大学のデザイン科に進学しグラフィックデザインを学ばれます。後編ではメイさんがデザインを仕事にしていくまで、そして今仕事を通して感じるシュタイナー教育の影響をお聞きします。

後編へ


ライター:中村暁野