いつもきれいな音に触れて生活していたなあと思います

いつもきれいな音に触れて生活していたなあと思います

13期生 佐山尚さん(前編)

佐山尚さん
シュタイナー学園13期卒業。日本大学芸術学部演劇学科卒業後、ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル 宴会部ウエディングに勤務。18年3月に退職し、現在は俳優活動をしている。現在25歳。大学卒業後は大手ホテルでウエディングプランナーとして働いていましたが、学生時代は演劇を学び、実は隠れファンも多い存在でした。取材をお願いした時、ちょうど転機を迎えていた佐山さん。学園での生活やそこから得たもの、そしてこれからの佐山さんの新しい挑戦について伺いました。

 

シュタイナー教育と出会ったきっかけを教えてください。

出会いは幼稚園の頃でした。シュタイナー教育をとりいれた幼稚園の体験にいき、そこで初めて手仕事等の体験をしたりしたとおもうのですが、その時僕が『ここではたたかいごっこをしなくていい』といったことに両親は感じることがあったそうです。僕はふつうの幼稚園に通っていて友達もいたのですが、どこか周りにあわせている部分があったのだと思います。それで、小学校からシュタイナー学校に通うことになりました。

学園での生活はどんなものでしたか?

じっとしているのが苦手な活発な子どもだったので、運動遊びが大好きでしたが、授業では音楽が好きでした。シュタイナー学園の音楽は『耳で聞く』ことを大切にしていて、メロディーではなく音から始まるんです。みんなで円になり鉄の棒を動かしてその音を聞いたり、ゴングを叩いてそこからの響きに耳をすませたりする。学年があがるとリコーダーを貰いましたが、その頃には聴く力も育っていて、先生が吹いたメロディーを耳できいて真似したりもしていました。学園での生活は音をきっかけに何かを始めることが多く、チャイムのかわりに鐘をならしたり、話を聞く前にはグロッケンを叩いたり、いつもきれいな音に触れて生活していたなあと思います

 

授業と授業がクロスして世界が広がっていくような学び

 

楽しんでいた学園生活から離れていた時期があるとききました。

小学校5年のときに父親の仕事の転勤で福岡に引っ越すことになりました。それで公立小学校に転校したんです。ギャップはすごくありました。まずクラスの人数が多いし、方言もあるし、教科書を使う授業もドリルも初めての体験でしたし。異国に来たような気分でした。それでも転入の多い学校だったこともあり、馴染めないということはなかったです。2年間福岡の公立小学校に通いましたが見るもの触れるものすべて目新しい世界に刺激をうけた時間でもありました。それでも転勤が終わるとなった時、シュタイナーに戻りたいと思いました。学園での学びは点が線になるというか授業と授業がクロスして世界が広がっていくような学びなんです。そういった学びにまた触れたいと思い、中学1年になる7年生から再び学園に戻ってきました。ちょうど学園も三鷹から藤野に移転したタイミングでした。

戻ってきた学園での学びはどうでしたか?

7、8年生からはより専門性の高い授業も増えていきます。社会の授業でルネッサンス時代について学んだことで絵画に関心を持ったり、興味のある分野が広がり深まっていった時期でした。学園では歴史を学ぶ時でも〇〇年に何があった、という知識だけではなく、この時代にこんなことが起こったのはなぜなのか?という考察を大事にします。なぜ?を考えるためにその時代のヨーロッパや日本にある背景を学ぶことに繋がっていったりする。一つの点を始まりにして広がっていく世界を学べたのはシュタイナーのエポックだからこそだと思っています。そして、そんな学びの中で演劇というものにも出会えました。

学園生活を通して、さまざまな学びを深めていく佐山さん。後半ではそんな佐山さんが出会った演劇について、そして学園を卒業してからの仕事と、あらたな挑戦をはじめるこれからについて伺います。

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ライター:中村暁野