1年生から12年生までが一緒に学ぶ名倉校舎では、低学年の子とのふれあいが好きでした

1年生から12年生までが一緒に学ぶ名倉校舎では、低学年の子とのふれあいが好きでした

13期生 清水隆陽路さん(前編)

清水隆陽路さん
保育士/シュタイナー学園13期卒業。玉成保育専門学校卒業後、保育士として働くかたわら、オイリュトミストを目指し、天使館オイリュトミーシューレに通い修業中。現在、保育園で保育士として働きながら、夜間はオイリュトミーの学校に通っています。そんな隆陽路さんにシュタイナー学園での生活を経て保育士という道を志したきっかけについてお話しを伺いました。

 

シュタイナー教育に触れるきっかけとなったことを教えてください

父親が大学生の頃アメリカに留学していた時、ホームステイ先の人の親戚が日本でシュタイナー幼稚園をやっていたのが、シュタイナー教育を知るきっかけだったそうです。子どもが生まれてからシュタイナー教育を調べ始めたそうで、当時三鷹にあったシュタイナーシューレに1年生から入学しました。6年間三鷹の牟礼にあった校舎で過ごし、中学生に当たる7年生の時に、みんなと一緒に藤野に移転しました。

子どもの頃はどんな思い出がありますか?

三鷹に住んでいた時代にはみんな家も近かったので、放課後には自転車を乗りまわして遊びほうけていました。同級生だけでなく、下級生も一緒にみんなで遊んだり、すごく自由で楽しかったですね。藤野に移転してからは家が遠い子も出てしまいましたが、それでも名倉グラウンドを使わせてもらったりしてのびのびと遊んでいました。親の目から離れて、放課後は結構気ままな日々を満喫していました。

学園での生活では、小さい子とのコミュニケーションがあったのですか?

リレーのバトンをもらった拓希くんや萌果さんは3つ下ですが、小さい頃からずっと一緒に遊んでいましたし、いまでもつながりがあって、よく会っています。名倉校舎に1年生から12年生までみんな一緒にいましたから、低学年と高等部との触れ合いもよくありました。私が9年生に上がった当時、高等部はまだNPO法人で、高等部のための新校舎は私も壁塗りをしたり、12年生が使うドーム校舎を先輩たちが作るのを横目で見ていたりしました。そんなことをしながら、私は小さい子どもが好きで、休み時間には1年生と遊ぶことも多かったですね。

 

乳児院での実習は大変でしたが、子どもと関わるのが好きなんだなと改めて実感しました。保育士以外の進路は、自分では全く思いつかなかったほどです。

 

保育士を志そうと思ったきっかけは?

シュタイナー学園では11年生の時に福祉実習があるのですが、私は乳児院での実習を選びました。期間は、3週間。保育士の実習でも3週間というのは長い方なので、今思えばすごい経験だったと思います。乳児院での実習は大変でしたけど、子どもと関わるのが好きなんだなと改めて実感しました。その時は親から離されている子どもたちに何かできないかという思いもありましたが、自分は保育園や幼稚園の方が向いているかなと思ったのです。学校で黒板に向かって机に座っている子どもたちに教えるというタチではないので、体を動かしながら子どものそばにいる仕事を選びました。保育士以外の進路は、自分では全く思いつかなかったほどです。

卒業後はすぐに保育士への道を選んだのですか?

卒業後は保育士の仕事をするため、東京の保育の専門学校に入ることに決めていました。ところが、卒業式のまさにその日に震災が起きたのです。卒業式が終わって、謝恩会の途中、私の余興がちょうど終わった時に揺れ始めました。そのまま謝恩会を続けようとしたのですが、またすぐに余震がきたので、これはまずいということで解散。電気が止まり、電車が止まり、連絡のつかない妹を親が探しにいって夜中に帰ってきたりと、大変な1日でした。翌日、電気が復旧した頃に原発が爆発したという情報が入ってきて、いろいろと情勢が変わったのです。放射能の影響を心配した親の意向で1年間休学し、大阪のシュタイナー関係の人のところに妹と一緒に居候しました。私たちよりの下の代の子たちは、避難のために移転した人も多かったです。

願いが叶って、いま保育の仕事をしているのですね

大阪から神戸の施設まで通って介護のアルバイトをしていました。そのまま関西で保育について学ぶことも考えましたが、親と離れていたので生活費と学費を賄ってもらうのは難しかったのです。それでもどうしても保育の学校に通いたいと思い、1年後に東京に帰ってきて、保育の学校に入学しました。保育士の学校に2年間通って卒業した後、八王子の保育園に勤めました。その後、シュタイナー教育と近い考えをもった東久留米の保育園に移り、いま3年目です。ちゃんと自分のやりたいことを突き詰めて、やりたいことができています。

小さい頃から縦のつながりで遊ぶなか、子どもが好きなことに気がつき、保育の仕事を選んだ隆陽路さん。後編ではふとしたことからのオイリュトミーとの出会いと、シュタイナー教育の魅力について伺います。

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ライター 越野美樹